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【2024/04/19 04:09 】 |
看護師不足200万人、入院患者の看護は家族が泊まり込みで―中国
2011年2月9日、中国共産党機関紙・人民日報は、中国は深刻な看護師不足に陥っていると報じた。

春節(旧正月)前、山東省の張さんは「自分の身体がいつまでもつか…」と暗澹たる思いに駆られていた。張さんの父親は脳血栓のほか前立腺も患っており、北京市内の病院に入院している。夜中になると1時間置きにトイレに起きるが、その度に付き添わなければならない。病室に泊まりこんで3日になるが、早くも疲労困憊し、夜中に父親に起こされても目を覚ませなくなった。

そこで、父親と自分の腕をヒモで結ぶことにした。呼んでも起きない時はヒモを引っ張れば良い。父親は「ヒモを引っ張る度に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。息子を疲れさせているのは分かっているが、どうしようもない」とため息をついた。

日本の病院は入院すれば「看護師さんにすべてお任せ」だが、中国の病院は違う。中国の看護師は注射を打ったり、薬を投与したりするのが主な仕事で、それ以外の一切は家族が担うことになる。トイレに付き添ったり、身体を拭いたり、寝返りを打たせたり…。家族の誰かが泊まり込まなければならない。そうでなければ「看護助手」と呼ばれる人を雇うことになるが、基本的な医療知識を持っている人は少ないというのが実情だ。

中国衛生部によると、2009年時点の医師の数は220万5000人で、看護師の数は184万1000人。世界銀行の世界開発報告書(1993年)によると、医師と看護師の比率は1:2~1:4が理想的だが、これに基づけば中国は200万人もの看護師が不足していることになる。人口1000人当たりの看護師の数も、世界保健機関(WHO)の統計(1998年)によれば、世界の多くの国は3人以上だったが、中国は2009年時点でわずか1.39人だった。

中国では「1人が病気になれば、家族全員が疲労困憊する。1人が入院すれば、家族総出で看病する」というのが当たり前だ。こうした状況を改善すべく、中国衛生部は昨年、「良質看護サービス模範プロジェクト」を始動。昨年末までに全国1251カ所の病院に計9646室の「良質看護サービス病室」を設けた。(翻訳・編集/NN)
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【2011/02/14 10:05 】 | 未選択 | 有り難いご意見(0) | トラックバック()
<アルコール依存症>家族支援の相談室開設 横浜のNPO
 アルコール依存症者らを支援する横浜市のNPO法人「市民の会 寿アルク」が今月から、依存症者の家族ら関係者もサポートする「アルク相談室」(同市中区翁町)を始めた。周囲への「負の連鎖」を未然に断ち切ろうとする試みで、同NPOは「気軽に悩みを話してもらい問題解決につなげて」と利用を呼びかけている。

寿アルクは92年、簡易宿泊所が集まる中区寿町のアルコール依存症者の社会復帰を目指して発足。20年近い活動で、依存症者の家族も含めたケアの重要性を多くのスタッフが痛感してきたという。

相談室コーディネーターを務める橋本黎子さん(69)によると、依存症の親から暴言を受け続けた子供は愛情表現が未熟なまま育ってしまい、自分が親になった場合、その子供も対人関係を築くのが苦手になる可能性があるという。こうした負の連鎖で子供も再び依存症になるケースを橋本さんは目の当たりにしてきた。

同NPOが運営する複数のデイケアセンターやグループホーム施設は現在、依存症になった約140人が利用している。ただ、利用者は病院や福祉保健センターのケースワーカーの紹介で訪ねて来ることが多く、本人や家族から連絡してくることは少ない。

自身もアルコール依存症だったアルク統括施設長、小笠原昭男さん(67)は「依存症者は家族に暴力を振るったりして孤独になる」と指摘し、「回復のために相談できる場所があることを教えていかないと、その影響が周囲に広がりさらに悪循環になる」と話す。

昨年11月、アルコール依存症の夫を持つ看護師が寿アルクを頼ってきたのをきっかけに、同NPOは「看護師でさえ依存症者への理解は難しい。家族を支援する場が必要」と、相談室の開設にこぎ着けた。同NPOは「不安を抱える家族らが依存症の問題を解決するため、敷居を低くして幅広く相談を受け入れたい」と話している。

電話相談は無料で火、木、土曜日。面接相談は50分3000円で月、水曜日。いずれも午前10時から午後3時まで。問い合わせは同相談室(電話045・264・4406)。【中島和哉】
【2011/02/07 09:51 】 | 未選択 | 有り難いご意見(0) | トラックバック()
<注目ドラマ紹介>「Dr.伊良部一郎」 徳重聡が連ドラ初主演で“ヘンテコ精神科医”に
 徳重聡さんが連続ドラマに初主演する「Dr.伊良部一郎」(テレビ朝日系)が30日からスタートする。徳重さんは、これまでの硬派で熱い男のイメージから一転、“ヘンテコ精神科医”を演じ、「いらっしゃーい!」と能天気に患者を迎え、喜々として治療と関係のない注射を打つ。そんな“超変わり者”の活躍をコミカルに描くエンターテインメントドラマだ。

【写真特集】ドラマ「Dr.伊良部一郎」の場面写真

「Dr.伊良部一郎」は、直木賞作家の奥田英朗さんの「精神科医・伊良部シリーズ」といわれる「空中ブランコ」「イン・ザ・プール」「町長選挙」(文春文庫刊)が原作。伊良部総合病院・心療内科の精神科医の伊良部一郎(徳重さん)が、大胆かつ奇想天外な治療で、病める現代人の心の病を治していく姿を描いた痛快コメディー。伊良部を見守る謎の美人看護師・マユミを余貴美子さん、伊良部と離婚係争中の妻・茜を原幹恵さんが演じるほか、西村雅彦さん、三浦理恵子さん、岡田義徳さん、石橋蓮司さん、井上和香さんらも次々とゲスト出演する予定。 

第1話「ハリネズミ」では、西村さん、三浦さんがゲスト出演。とがったものを見るとめまい、吐き気、呼吸困難に陥る「尖端恐怖症」になってしまった任侠一家の若頭・狩野誠司(西村さん)が、伊良部総合病院の心療内科で風変わりな精神科医・伊良部一郎に出会う。伊良部をビビらせようとドスを利かせる狩野だったが、伊良部はいっこうに意に介せず、嫌がる狩野に無理やり注射針を突き立てる。さらに「一度ピストルを撃ってみたいんだよね」と狩野に懇願し始め……というストーリー。三浦さんは狩野の内縁の妻・樋口和美役で出演する。

ドラマ「Dr.伊良部一郎」は30日から毎週日曜午後11時放送。主題歌には人気アイドルグループ「AKB48」から誕生した4人組ユニット「Not yet」のデビュー曲「週末Not yet」を起用した。(毎日新聞デジタル)
【2011/01/31 11:40 】 | 未選択 | 有り難いご意見(0) | トラックバック()
記者の役割を生徒らに訴え、万騎が原中で職業講話/神奈川新聞
 さまざまな分野で働く人たちを講師にした「職業講話」がこのほど、横浜市旭区万騎が原の市立万騎が原中学校(永岡市郎校長、生徒1004人)で行われ、1年生323人が職業を選んだ理由ややりがいについて聞いた。

講師は同区在住などの商店主、獣医師、警察官、看護師など。授業は2コマにわたって行われ、生徒らは関心のある職業を二つずつ選んで授業に臨んだ。

「新聞記者」の講座では、神奈川新聞社の春名義弘編集局次長が、新聞記者の役割や取材に必要なカメラなどの「七つ道具」などについて説明。「人の心を動かす記事を書くには、何よりも記者自身が感動しなければなりません。会う人すべてが先生です」などと話した。

生徒らは熱心にメモを取り、「今まで一番うれしかったこと、つらかったことは」「電子書籍化の時代に向け、新聞社ではどんな取り組みをしているの」などと盛んに質問をしていた。 
【2011/01/27 11:16 】 | 未選択 | 有り難いご意見(0) | トラックバック()
第56回青少年読書感想文コンクール:県代表作品/15止 /福井
 ◇「死ぬ瞬間」-私の目指す看護---県立若狭東高3年・前野恵美子さん
私は将来看護師になりたいと思っています。幼い頃から、漠然と人を幸せにする仕事に就きたいと思っていましたが、人は生きていないと幸せを感じることはできないのだと思ったとき、命を救い、生きる手助けをする仕事に就きたいと思い始めました。そして、患者の一番身近な存在だということに魅力を感じ、看護師を志すようになりました。だから、少しでも医療に関する知識を身につけようとこの本を読みました。
この本には主に、筆者が医者という立場で実際に経験したことが書かれています。末期患者の死とその過程について、詳しく解説しながら読者に伝えてくれるとともに、医療従事者として、患者として、患者の家族として、それぞれがどうあるべきかを語りかけてくれる本です。
死の宣告を受けた患者には5段階の感情変化があります。その5段階とは、否認・怒り・取り引き・抑鬱・受容です。初めは「まさか自分が死ぬなんて」と宣告を認めず、「なぜ私が死ななければならないのだ」と怒り、「努力するから治して」と取り引きし、「努力しても報われない」と落ち込み、やがては死を受け入れられるようになるのです。しかし、それにはもちろん個人差があり、受容にたどり着く前に死を迎えてしまう人もいます。私は、患者にはそうした感情の変化があり、医療従事者はそれを理解し、患者に接することが大切であると知りました。
一番印象に残っているのは「たとえ返事ができなくても、家族や友人がそばにいてくれるだけで患者は孤独ではないと思えるのです」という一文です。私は、自分から働きかけても返事がなく、笑うこともない患者に対して寄り添い続けることに意味があるのだろうかと疑問を抱いていました。患者に反応はないのだから、そばにいても何も変わりはしないだろうと思っていたのです。しかし、それは全くの誤解であり、見舞い客側からの視点でしかないということにこの一文を読んで気づくことができました。様々な機器に繋がれ、一人でいるときはただ機器の音だけを耳にしている孤独な患者。話したくても話せない、いつ死ぬのかも分からない、そんな日々を過ごしている患者にとって、誰かがそばにいることはそれだけで勇気づけられることなのだと気づくことができました。話せない患者がいても、一人にせずそばにいたい、そう思うようになりました。
私には、転落事故により身体を自由に動かせなくなった祖母がいます。畑仕事も家事もできなくなった祖母は「早く逝ってしまいたい。何にも役に立たない自分は、生きていても仕方ない」と自分を責めていました。その言葉を聞いた時、私は、祖母がそんな気持ちを抱いていたことに驚き、その一方で、そんな気持ちにさせていたことに気づきました。それまでの私は、祖母と同じ空間にいてもたいした会話もせず、必要以上に関わろうとはしませんでした。そこに祖母がいることが当たり前だと思っていたのです。
しかし、祖母は、事故の後遺症による不自由な生活で、生きがいも生きる意味も見失っていました。私は、祖母の言葉を聞いて初めてそのことに気がついたのです。そして、今までそのことに気づけなかったことを恥じ、申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。
もっと早く気づいて、声をかけたり一緒に何かをしたりしていれば、祖母をこんなに追い込むことはなかったと思います。改めて、祖母の大切さを感じた瞬間でした。それからの私は、祖母に対し、生きてくれているだけでありがたいことを伝え、なるべく祖母を気遣って過ごすようになりました。祖母も次第に弱音を吐かなくなり、会話も弾むようになりました。
自分自身のこうした経験から、私は患者の気持ちに寄り添える看護師になりたいと思うようになりました。患者の気持ちは、自分が実際にその立場にならないと理解することはできません。しかし、想像することはできます。だから、常に患者の立場に立ち気持ちを察するとともに、何をすべきか、何ができるかを考え、行動する看護師になりたいです。そのためにも、筆者のような鋭い洞察力をもてるようになりたいと考えています。私は、自分の考えや思い込みで物事を考えがちです。筆者のように、その場その場を観察し、絶えず学び続け、様々なことを見抜く力を養うことが私には必要です。
医療従事者として、看護師として、患者やその家族の言動にどのような感情が込められているのかを察し、それに寄り添っていける医療を目指し、「あなたの看護を受けられてよかった」と言ってもらえるような看護をすることが、私の目標です。(E・キューブラー・ロス著、鈴木晶訳「死ぬ瞬間-死とその過程について」)=おわり
【2011/01/24 15:22 】 | 未選択 | 有り難いご意見(0) | トラックバック()
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